端午の節句には、柏餅や粽をなぜ食べるんですか?由来は?【答え!】

giugivk  5月5日といったら≪端午の節句≫ですよ~。

≪こどもの日≫ともいう~

端午の節句には、なぜ柏餅や粽を食べるだろうか?その理由は~~?って思いますよね?
その答えを調べたんで紹介しますね♪

≪端午の節句≫ or ≪こどもの日≫だと~≪端午の節句≫の方がカッコいい~(笑)から私は今年は≪端午の節句≫と言ってみます(笑)

召し上がりますでしょ?≪端午の節句≫に柏餅と粽!

おそらく、ちっちゃい頃から現在まで
なんの考えもなしに、召し上がっていらっしゃることでしょう。

これね!何でなんだ~??と思ったこともあるんだと思うんですけど、
あ!『なぜだろう?』って思ったからこの記事を見ていただいてるんですよね♪

≪端午の節句≫の柏餅と粽はね、それはそれはちゃんとした行事食ときたもんだ♪

知らなかったでしょう?

あとあと、
≪端午の節句≫になると、菖蒲湯のお風呂!といった慣習なんかもあるんです。

ならば、何で?柏餅・粽なんかを食したりするんでしょうかね。
その理由・なぜ?を解明したいですよね?

だからこの記事を見てくれてるんですもんね♪
ありがとうございます♪

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◆柏餅について

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おモチでアンコを包んでカシワの葉で包んでいる柏餅というのは、日本固有な甘味と言えます。

カシワの葉で包むおモチというは、昔から存在していたようです。

しかし、柏餅といった食べ物が考案され、 端午の節句に食べるものということで浸透してきた時期というのは、 江戸時代≪徳川家重将軍~徳川 家治将軍時期≫であると伝わっています。

それはさておき、
なぜ?カシワの葉を使用して作るようになったのか?

そのわけは、カシワの木の生きるありさまに関係してたんです。

カシワの木の葉というのは、新芽が現れなければ古葉は落葉しないんです。

このことこそが「子孫というものが誕生する迄、父・母は亡くならない」といった願いとして伝わり
「血筋が途絶えるとはない」「子孫の繁栄」といった縁起なんかをかついだ形になっております。

※ちなみに※

柏餅の葉っぱなんかで、餡のアジの種類が分かるの?!

店頭には柏餅が並んでいますが、葉っぱが違っていることに気づきましたか?
ツルリとしている葉の表面方が外側のものと、
それに対しザラザラした裏面が外側のものがあります。

これというのは、餡のアジが分かるようにしているからなんです。餡によって変えているってことですね。

表面方が外側の方は小豆餡が入っていて、裏面が外側のものが味噌餡なのです。
そうなんですよ!
現在では小豆餡というのが標準的な柏餅ではあるが
最初は、味噌餡・塩餡なんかが大半であったんだそうです。

塩餡なんて見たことも聞いたことも無かったです。。。

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◆じゃ~粽(ちまき)はなぜ?

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柏餅が日本固有の甘味だったのですが、
ちまきは、≪端午の節句≫と共に中国からやってきた食べ物です

うん!中国っぽい!納得です!

端午の節句の基となった中国故事の≪屈原の物語≫に関係して来るんですが、、、

【屈原の物語】

屈原というのは戦国の世に生まれてきた、楚国の大臣なのです。屈原という人は本当に利口で、勇気がある、詩の才能も持った人でした。なおかつ、屈原という人は国をいつだって気にかけ、心底、国を愛した人でした。

ところが、そのような能力を「靳尚」という名の大臣に嫉妬され、大臣が何回も国王に屈原のことをひどく伝えたので、屈原の方は政界より排除されてしまった。

失望した屈原の方は、悔しい想いについての詩を書き、石を抱えて川に身を投じ自殺したんです。

この日というのが旧暦の5月5日であった。

人は自殺の情報聞きつけためらうことなく、米を詰めた竹筒を川に投げ入れて、魚がその米を食べてお腹がいっぱいになれば、屈原の死体を食べることがないようにした。

この話で、出てきている米を詰めた竹筒が後の粽のことなんですが、

粽となった訳については、、【屈原の物語】の続きによってなんですが、、

ある時、川に屈原のユウレイが現れて、

1年毎に、そなえ物を供えてもらえるのは嬉しいことだが、
残念だと思うのは、竹筒が私のところに来る前までに悪龍どもに奪われちゃいます。
次年は、龍が嫌う楝樹の葉っぱでモチを包んで悪気を吹き飛ばす五つの(アカ・アオ・キ・シロ・クロ)色の糸によって結んでちょうだい。

ということを、人に申し出たそうです。

言われた人は、希望通りに
楝樹の葉っぱでモチを包んで、五つの糸で結んであげると、今度は問題なく屈原の元まで届けることができた。

≪楝樹の葉っぱで包んだモチ≫こそが粽なんです。

この名前は、その当時「茅(ちがや)」の葉っぱを使って巻いたところよりついた名前だそうです。

その頃はは【ちがやまき】と言っていたのですが
「茅」→「ち」と読み、こっちの方が使用されるようになり、
【粽(ちまき)】と呼ばれるようになったということです。

ついでに・・・
粽を結んだ糸ですが、
その色が、鯉のぼりの吹流しの色とされて伝承されているのです。
なんか深いですね~。。。

歴史とはすごいものです。。。

また色々と歴史・由来について調べてみたいと思った今日この頃であります。

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